二転三転

ただ今大変面白いブログ記事に出会い、そういえばブログの記事なるものを久しく書いていないな、ということに、久方ぶりに気が付いてしまった。書きたくなったら書く、誰が見ているわけでもないのに、むしろないと思うからこそ書ける、それが出来るのがブログの良いところだと思います。まあ、インターネットの海の上で広く公開している以上、誰が見ているわけでもないというのはただの気のせいであり事実と反することであるのだけれども。気のせいでもそれがモチベーションに繋がるのであれば放っておくのがよろしいかと(公共の福祉に反しない限りは)。ということでつれづれ。

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いろいろな、本当にいろいろなことに決着を付けて、春から無事に公務員として働いている。高校3年間を人生の春とするなら大学4年間は秋だった。実りの秋。修行の秋。親からもらった丈夫な体と楽天的な精神とそこそこ使いやすい脳みそをフル活用して適当に、好きに、楽に生きてきたそれまでの人生のツケを払った期間であり、様々なことに挑戦の種を撒いては苦い思いをしてどうにか水を遣り、遂には経験という酸っぱい果実を得た、そんな期間でもあった。どんなに酸っぱくたって、活かす知恵さえあれば何かの役には立つのだ。知恵だって、今はなくともいつか手に入れれば良いのだ。まあ、甘い果実であれば知恵をもって加工せずとも美味しいのだから、選べるのであれば甘い方が良いのだけども。酸い甘いは結果論であるので、始める前から気にしてもどうしようもない。いつかまた、甘いのに出会えたらいいなあ。そのためにはまた、こつこつと、挑戦の種を撒くほかないんだよなあ。頑張ろう。

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憧れの先輩がいる。先輩の教えにはいつも「さらにこうすると親切だよ」のおまけがついてくる。そのおまけが有用かつ心温まるものであるため、それを聞きたいがためにいつも同じ先輩に尋ねてしまう。先輩のような、気配りの鬼になりたいが、今はまずその前にやるべきことが山積みなのである。と、いつまでも思っていないで、平行して自分にできる「親切なこと」を探すべきである。先輩が好きで好きでどうしようもなくて明日も仕事が少し楽しみなくらいなので私の頭はおめでたすぎる。甘いものをもらって子どものように喜ぶ先輩の無邪気な笑顔が忘れられない。天使かなにかかーー!現場からは以上です!

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12時過ぎたので寝よう。
明日も何事もなく1日過ごせますように。
願わくば少しは良いことがありますように。アーメン。