二転三転

ただ今大変面白いブログ記事に出会い、そういえばブログの記事なるものを久しく書いていないな、ということに、久方ぶりに気が付いてしまった。書きたくなったら書く、誰が見ているわけでもないのに、むしろないと思うからこそ書ける、それが出来るのがブログの良いところだと思います。まあ、インターネットの海の上で広く公開している以上、誰が見ているわけでもないというのはただの気のせいであり事実と反することであるのだけれども。気のせいでもそれがモチベーションに繋がるのであれば放っておくのがよろしいかと(公共の福祉に反しない限りは)。ということでつれづれ。

・・・・・・・・・・・・・

いろいろな、本当にいろいろなことに決着を付けて、春から無事に公務員として働いている。高校3年間を人生の春とするなら大学4年間は秋だった。実りの秋。修行の秋。親からもらった丈夫な体と楽天的な精神とそこそこ使いやすい脳みそをフル活用して適当に、好きに、楽に生きてきたそれまでの人生のツケを払った期間であり、様々なことに挑戦の種を撒いては苦い思いをしてどうにか水を遣り、遂には経験という酸っぱい果実を得た、そんな期間でもあった。どんなに酸っぱくたって、活かす知恵さえあれば何かの役には立つのだ。知恵だって、今はなくともいつか手に入れれば良いのだ。まあ、甘い果実であれば知恵をもって加工せずとも美味しいのだから、選べるのであれば甘い方が良いのだけども。酸い甘いは結果論であるので、始める前から気にしてもどうしようもない。いつかまた、甘いのに出会えたらいいなあ。そのためにはまた、こつこつと、挑戦の種を撒くほかないんだよなあ。頑張ろう。

・・・・・・・・・・・・・

憧れの先輩がいる。先輩の教えにはいつも「さらにこうすると親切だよ」のおまけがついてくる。そのおまけが有用かつ心温まるものであるため、それを聞きたいがためにいつも同じ先輩に尋ねてしまう。先輩のような、気配りの鬼になりたいが、今はまずその前にやるべきことが山積みなのである。と、いつまでも思っていないで、平行して自分にできる「親切なこと」を探すべきである。先輩が好きで好きでどうしようもなくて明日も仕事が少し楽しみなくらいなので私の頭はおめでたすぎる。甘いものをもらって子どものように喜ぶ先輩の無邪気な笑顔が忘れられない。天使かなにかかーー!現場からは以上です!

・・・・・・・・・・・・・

12時過ぎたので寝よう。
明日も何事もなく1日過ごせますように。
願わくば少しは良いことがありますように。アーメン。

いろーんな

お話をしたそんな夜。仲の良い、お友だちと管を巻く夜も楽しいものだけど、わかりやすく得たものがある夜にはやはり代えがたい。

・・・・・・・・・・・・・・

文字にしたくなるような出来事がなかったとか、そういうわけではないのだけど、残すほどでもないような、まあつまりは大きな事件も事故もなくこの1年が過ぎたと、そういうことなのだと思います。何もなかったわけではない、けども!そりゃそうだ。

志望先が公務員ということで、勉強せなならん。本命の試験が1ヶ月先にある。洒落にならん。アルバイトをしている場合ではない。寝不足で昼寝してる場合でもない。ましてや部活なんてしていられるはずもない。私は、何を、しているんだ……と、思っている暇があるならその時間でやることをやれと、つまりそういうことです。
バイト先に私しかバイトがいないのほんとスリルショックサスペンスですね…この時期でさえなければ、良いのだけど、、、本当に。

人を使って団体を率いるには何事も見通しが甘くて、人を物を見捨てられなくて、使われるには仕事が遅くて、かといって単純作業が好きなわけではなく、しかし人の役に立ちたい。のであれば、自分を磨きあげるしかあるまい。

グレー

決着着いたようで着いてないそんな気しかしない。

口にしてしまったが最後白黒つけるしかないのだ、あの日のように横を歩ける日はもう来ないのだ、こんなことなら言うのじゃなかった、というようなことを延々と悶々と考えていた私の5日間を嘲笑うかのように驚くほどすんなりと日常は戻ってきました。得たものも多いから一概には言えないけどあの苦悩を返せと言いたくなるほどすんなりと。
魔の5日間に突入する前の日にあんなことがあったというのも原因の一端ではあるけどもやはり会えない期間にマイナス方面のことを考え始めると歯止めがきかないからやめるべきだというのは経験上の事実なのだと!なんど言ったら!

あの日から会えるまでの間ほんとうにしにそうだった。なぜ私は同時に2人の友人を失おうとしているのか。タイミングが悪すぎるだろう。と。せめて色々と終えてからにすれば。と。ぐるぐるぐるぐる考えた。

言ってみてやっとわかったことがひとつ。男とか女とか恋人友人にこだわりなく私はあの人を必要としている節がある。話せなくなるくらいなら肩書きなんていらないや。横で笑っていられたらそれで良いです。悔しいけどやっぱり好きだよ大好きだよこれからもよろしく。

パトリシアに憧れる。

ももん

いい加減決着をつけたいと言い始めてもう幾月。日本語はこんなにも豊かなのになぜ友人と恋人の狭間にいるふたりを表現する言葉が存在しないのか。友達以上恋人未満とでも言えば良いのか。でもなんか違う。

悶々期を過ぎてからはただただ好きで意味がわからない。某ヒロミゴーが会えない時間が〜って歌っていたけどちょっとわかった気がしてまた悔しい。毎日会えるって良いなあ。おかげで5日会えないともう耐えがたい。贅沢言ってられるのも今のうちだとのお言葉が奈良から聞こえてきそうで(゜▽゜)遠恋はできそうにないです。

一人暮らしはしたいけどしたい理由がなんとも言えず(邪心)

んー まとまらん 悶々
とりあえずレポート書き上げよう(そうしよう

浅いプールでじゃれるような

♪ずーっとー まとーもーじゃないってわかーってーるー

今日の気分は久々に!久々にスピッツ!
このブログを読み返してみたらなんだか昔の私の方が楽しいことを楽しむのが上手だったような気がしてならない。というか読んでて楽しそうだなwwってなる。うおおいーなー!いや昔の私だけど!おかしいな!3年間で何が起きたんだろう!\(^o^)/

得意でなおかつ好きなことを好きなだけやっているだけなのにやった結果に名前が与えられたりあまつさえそれを褒められたりする、ってなんというかずるいというか幸せ者にもほどがあるというか高校生っていいよね…!
やっぱりやっぱり私は少林寺大好きだなぁ
いままで私がやってきた数々の芸(というかなんというか)のなかでも一番好きだし一番得意だし将来何かひとつ続けるとするならば少林寺だと思う。得たものが多すぎる。


今日は先輩と久しぶりにミスドの会を開催したのでした。
ドーナツ食べすぎ&カフェオレ飲みすぎにより胃の調子はすこぶるおかしいけれど後悔はまったくないのです。ほんとうに楽しくて有意義な3時間だったから。(*´∀`)
新歓、対校祭、今年の部全体の目標、個人の目標、練習内容、去年1年で学んだこと、今年に活かせる反省、スケジュールの立て方、生涯の趣味、就活、とかについて話してた。(※メモ代わり)
自分が得意なことをすることで誰かの役に立てるのであったらこんなに嬉しいことはないよなぁ
みんなが自分の得意なことだけをできるならば、しかもそれでうまく団体がまわってその上お客さんに面白いと思ってもらえるものを作れるのであれば、団体としてもこれほどまでに幸せなことはないよなぁ
そういう団体にしていこう。
えんせんはもう動き出してる。良い方向に。


勉強しやすい環境に置いてもらえるのはいまだけだし、時間があるのもいまだけだし、仕事ではないものに打ち込めるのもいまだけだし、それでいて各方向から経済的支援を受けられるのもいまだけ。
なんでもできる。からこそやりたいことを逃さず全部やりたい。やんなきゃ!うわぁこんな話1年生の夏休み前にもしてたよ!1年半何してたん!!(半年ニートして1年仕事してた)

この1年を大切にしよう。したいこと全部!する!!
先輩今日はありがとうございました!



↓本日影響を大いに受けた記事
楽しいことを引きつける体質になる9つの工夫 | ひらめき箱

高校生の私は無意識に出来ていた気がする。
人は変わってしまうものなんだなぁーうおぁー
今年1年でアンテナを取り戻すのだー

最大幸福量を増やすためにいつも動いている。忘れかけてた。
ポジティブ思考!ポジティブ思考を取り戻す!!

http://m.youtube.com/watch?v=algaC2jhu8s/

もう一度 キラキラの方へ登ってこう。

抱負(ではない)

  • 最近毎日をぼんやり過ごしている

ファンタジウム全巻揃えたりテイルズ始めてみたりバイトしたり授業出たり自動車学校に行ったりあの人とぼんやりしたりしてるー
なんかたぶんへたなカップルより一緒にいる時間は長いしお互いのこと好きだと思うー意味わからんわけわからんいいかげんにしろ
これでいいのだろうか。いいわけないだろ。

  • ぼんやり過ごしつつぼんやり未来を憂いている

いまの私はつまり去年1年で出来上がった惰性の動きというのをしているだけの状態なのではないかな。特に新しいことしてないし。変えたくばなにかひとつやめてなにかひとつ始めねばなるまい。民間なのか公務員なのか。私のしたいことというのはなんなのか。仕事にしても良いと思えるほど好きなことがなんなのかというのはようやく答えが出た気がする。したいことと言われるとまた別の話だけど。いまの大学で学べることではないけども。そこはファンタジウムのおじさんに倣おう。なんだって経験だし自分の心持ち次第でなんだって楽しくなる。一生懸命になるというのは素晴らしいことです。一途に真面目に。興味を持てないことは人並みに。持ったものは人並み以上に。

何事にもひたむきに取り組む って文字にするとなんか簡単そうに見えるよねぇー簡単なわけないよねぇーどれだけエネルギーを使うと思っているのか!!だからこそこれができる人は等しく尊敬に値するのです。 今年は少しでもそんな人に近づきたいなぁ。とりあえず目下の目標は早起きを習慣化すること。書いてるいま既に早寝はできていない。明日の運命や如何に。(二外的な意味で)

  • あの人に

早起きの極意を懇切丁寧に教えてもらったうえ呆れられつつも応援までされちゃったからもう頑張るしかないと思う。あーもう単純。お手軽便利。

2013年終わり

クリスマスイヴは家族と、クリスマスはあの子と過ごしたそんな今年の年末は久しぶりにおばあちゃんちで年を越すようです。神社行くのかなぁ。あそこの神社好きだよー あーわりと幸せ。とりあえずぼーっとできる喜びを噛み締めながら紅白見て寝て起きていろんな人と話そう。2013年を振り返りつつ。

2013年はよく動いた年だったと思う。年明け直前に彼女と仲良くなり、年明け後すぐにえんせんに入部し、そのあたりでいまのバイトを始めることになり、3月には奈良旅一週間、4月には東京・春公演、5月自覚、6月うみねこ・対校祭、7月夏公演、8月喫茶光・ルスツ、9月秋準備、10月秋公演、11月冬準備・自動車学校、12月冬公演→まったりと今。思い返すだに恐ろしく素晴らしいスケジュールで動いてたようだよーなんだこれ。

何事においても初めてが多い年であった。初めての長期バイト(安定した収入があることの喜び)、初めての役者(なかなかにハンデがあるということ)、初めての周りを見渡す仕事(抜けたものを拾ってくれる人がいてくれることの幸せ)。それと頭を徐々に(最終的にほぼすべてを)占領してゆく人との遭遇。

5月までの自分が毎日何を考えて生きていたのかさっぱり思い出せない。たぶんもうあのぼんやりしてた頃には戻れない。ただし今がぼんやりしていないというわけではないということをここに明記しておきます。

確実に前に進んでいるという実感を持てている状態というのは明確なる幸せであり人間として生きる者すべての目指すべきところなのではないかなぁー いやよくわからんけども
常に忙しい中に身を置いておけるというのも、腹を割って話し合える人がいるのも、眠気を共有できる人がいるのも、幸せなことだと胸を張って言える。たぶん。
大切にしなければなぁ 幸せは途切れながらも続くのですー 途切れても消えるわけではないのだねー 努力を忘れずにいることさえできれば。

たくさんの出会いと経験をくれた演劇とあの子に感謝を込めてメリー良い新年を2014年もよろしくお願いいたします。おやすみなさい。かしこ。